妊娠と甲状腺について

奈良甲状腺クリニック 院長
中村 友彦
(日本甲状腺学会認定 甲状腺専門医)

はじめに

  • 甲状腺の病気は妊娠適齢期の女性に多く見られます。
  • 母親の甲状腺ホルモンは胎児の発育に大切な働きをしており、甲状腺ホルモンが少なかったり多かったりすると、胎児の発育に影響したり、不妊や流産・早産のリスクが高くなったりします。
  • 甲状腺の病気があっても正しく治療すれば、健康な女性と変わりなく、妊娠・出産できることが多いです。

妊娠と甲状腺機能低下症(橋本病など)

潜在性甲状腺機能低下症

  • 潜在性甲状腺機能低下症とは、甲状腺ホルモンがわずかに少なくなっている状態のことです。
  • 通常は、甲状腺ホルモン(FT4)が基準値内で、TSHが基準値を超えている場合に診断されます。
  • 潜在性甲状腺機能低下症であっても、流産・早産のリスクが高くなる可能性があります。
  • 妊娠希望のある場合や妊娠中にはTSHが基準値内であっても高めの場合(例えば2.5以上)には、甲状腺ホルモンがわずかに少ないと考えられ、甲状腺ホルモン剤(チラーヂンS®)内服による甲状腺ホルモン補充療法を検討する必要があります。

明らかな甲状腺機能低下症

  • 明らかな甲状腺機能低下症は、不妊や流産・早産などのリスクが高くなりますので、甲状腺ホルモン剤(チラーヂンS®)内服による甲状腺ホルモン補充療法を行います。

甲状腺機能低下症治療中に妊娠した場合

  • 甲状腺ホルモン剤(チラーヂンS®)は妊娠中も安全に使用することができます。
  • 適量の甲状腺ホルモン剤は胎児の発育や、流産・早産の予防にも良い働きがありますので、自己判断で中止しないようにしましょう。
  • 妊娠初期は甲状腺ホルモンの必要量が増え、甲状腺ホルモン剤の増量が必要になることが多いです。

授乳中の甲状腺機能低下症治療

  • 甲状腺ホルモン剤(チラーヂンS®)は授乳中も安全に使用することができますので、授乳を制限する必要はありません。

奈良甲状腺クリニックでは
  • 妊娠希望のある場合や妊娠中の潜在性甲状腺機能低下症に対しては、通常、TSHが2.5以上の場合、甲状腺ホルモン補充療法を行います。
  • 妊娠初期は甲状腺ホルモンの必要量が約1.3倍に増えるため、甲状腺機能低下症治療中に妊娠した場合には、週2回は2倍の甲状腺ホルモン剤を内服して、妊娠判明後1か月までには受診するように指導しております。

妊娠とバセドウ病

妊娠前のバセドウ病治療

  • 甲状腺機能亢進症は、流産・早産などのリスクが高くなりますので、妊娠前から適切な治療が必要です。
  • 抗甲状腺薬の第一選択はメルカゾール®ですが、メルカゾール®を妊娠初期に飲み続けていると先天異常を起こす可能性があります(1.8%以上)。
  • メルカゾール®で治療する場合は、妊娠確認後にメルカゾール®を中止し、必要があれば別の薬剤(チウラジール®(プロパジール®)やヨウ化カリウム)に変更します。
  • メルカゾール®で治療しない場合は、通常、チウラジール®(プロパジール®)で治療しますが、メルカゾール®と比べて効果・副作用・飲みやすさの点で劣ります。
  • メルカゾール®とチウラジール®(プロパジール®)、どちらの薬を選択するかは医師と患者さんで相談して決めます。

妊娠中のバセドウ病治療

  • 甲状腺機能亢進症は、流産・早産などのリスクが高くなりますので、適切な治療が必要です。
  • メルカゾール®を妊娠初期に飲み続けていると先天異常を起こす可能性があるので(1.8%以上)、妊娠初期はチウラジール®(プロパジール®)が第一選択薬になりますが、妊娠中期以降はメルカゾール®が第一選択薬になります
  • バセドウ病は、妊娠中には改善することが多く、抗甲状腺薬を減らしたり中止したりできることが多いです。
  • TSH受容体抗体(TSHレセプター抗体、TRAb)は、妊娠中に低下することが多いですが、妊娠後半になっても高い値が続く場合、赤ちゃんに一時的に甲状腺機能亢進症が見られることがありますので(新生児甲状腺機能亢進症)、新生児科との連携が可能な病院での出産が望ましいです。

出産後・授乳中のバセドウ病治療

  • バセドウ病は、出産後には悪化することが多く、注意が必要です。
  • 授乳中のバセドウ病治療では、メルカゾール®は10mgまで、チウラジール®(プロパジール®)は300mgまでは安全に使用することができます(参考文献1)。
  • アメリカ甲状腺学会のガイドラインでは、授乳中のメルカゾール®は20mgまで、チウラジール®(プロパジール®)は450mgまでの使用に留めることが推奨されています(参考文献2)。

妊娠一過性甲状腺中毒症

  • 妊婦の約5%にみられることがある、妊娠初期の一過性の甲状腺ホルモン上昇のこと「妊娠一過性甲状腺中毒症」と呼びます。
  • 胎盤から分泌されるホルモンのhCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)が甲状腺刺激作用を持っており、それにより甲状腺ホルモンが上昇します。
  • hCGは妊娠7~11週に上昇し、その後低下するため、甲状腺ホルモンは妊娠14~18週には自然に改善することが多いです。
  • つわりの症状が強い場合や、多胎妊娠の場合に見られることが多いです。
  • 甲状腺ホルモンの上昇は軽い場合が多く、通常、治療の必要はありません。
  • バセドウ病との鑑別診断は、TSH受容体抗体(TRAb)で行い、TRAbが陽性ならバセドウ病、TRAbが陰性なら妊娠一過性甲状腺中毒症の可能性が高いと判断します。

関連項目

参考文献

  1. 日本甲状腺学会編:バセドウ病治療ガイドライン2019. 南江堂, 2019.
  2. Alexander EK, et al. 2017 Guidelines of the American Thyroid Association for the Diagnosis and Management of Thyroid Disease During Pregnancy and the Postpartum. Thyroid. 2017 Mar;27(3):315-389. (PubMed)

【診療科目】甲状腺内科、糖尿病内科、内科

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